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中川典子先生(流通科学大学)による報告書が多文化関係学会ニュースレター第36号に掲載されています。

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中川典子(2020)「New Theoretical Implications of the DMIS: Co-Ontogenic Perception and Quantum Measurement 『DMISの新たな理論的含意:共同発生的な知覚と量子論的観測』に参加して」多文化関係学会ニュースレター36 14-15

New Theoretical Implications of the DMIS: Co-Ontogenic Perception and Quantum Measurement「DMISの新たな理論的含意:共同発生的な知覚と量子論的観測」に参加して

 

中川典子(流通科学大学)

 

   私はかつてポートランド州立大学コミュニケーション学科の大学院生として、本セミナーの講演者であるミルトン・ベネット博士の授業を受講した。毎回、心躍らせながら、時には難解な哲学的内容に頭を掻きむしりながらも、舞台上の演劇のように展開される先生の授業に臨んでいたことを四半世紀以上経た今でも、鮮明に記憶している。そんなノスタルジックな思いとは裏腹に、今回もお馴染みのベネット節は聴衆を魅了し続けた。本セミナーの内容は、2016年度の関東地区研究会で話された講演内容をさらに進化させたものであった(残念ながら、私はこのセミナーには出席できなかったが)。以下では、本セミナーの内容を概観しながら、特に印象に残った内容について報告したい。

   セミナーは10年前に95歳で他界された、ICC(異文化間コミュニケーション)の名付け親であり、米国の文化人類学者であったエドワード・ホール氏の功績に対する紹介で始まった。ホールが新しい視点を紹介するまでは、世の中に普遍的基準(universal standard)があるという前提で文化比較がなされてきたことから、文化を優劣で判断してしまうという西洋的優位性に陥っていた。しかし、彼は普遍的基準がなくとも文化比較は可能であるとしながら、あらゆる人間の活動にはコンテキスト(状況)が存在すると指摘し、文化相対主義的の視点(cultural relativism)の重要性を説いた。

   ICCの発展の初期においては、上記の視点が文化を理解する際に適用され、構築された観察上の枠組み(constructed observational categories)を用いながら文化差を理解し、そのうえで、異文化間の誤解を予測してきた。しかし、現在、ICCの分野では、自分自身の経験や状況を超えて、他者の経験にいかに寄り添っていくか(つまり、他者と互いの経験をいかに共有するか)という課題がより重要視されており、DMIS (異文化感受性発達モデル:Developmental Model of Intercultural Sensitivity)を用いて、この重要課題を検討することが、セミナーの趣旨であった。ここでは、「いかにして、我々は経験を発展させることができるのか」、そして、「いかにして、我々は経験を測定できるのか」という2つの問いかけが提示された。前者の問いに対する解答の糸口となるのが、タイトルにある「共同発生的知覚*1(co-ontogenetic perception)」という神経生物学的観点*2であり、後者の問いに関しては、「量子論的観測(Quantum measurement)」が関連している。

   パラダイムの概念は、科学史家・科学哲学者のトーマス・クーンによって提唱された科学史及び科学哲学上の概念だが、これまでさまざまな歴史的変遷をみてきた。それらは、理性による普遍性と直線的因果関係(linear causality)を重視するニュートンの普遍主義(Newtonian paradigm)、観察者に基準枠があり、経験とは複数の視点を獲得しつつ、別のコンテキストに視点をシフトすることで世の中の違いに気づけるとする相対主義(Einsteinian paradigm)、そして構成主義に深く関与する量子理論の視点に立ったパラダイム(Quantum paradigm)である。ベネット博士は、相対主義の考え方は重要ではあるものの、この視点はもはや終焉を迎えていると指摘する。そこには相手に共感することから生まれる経験は存在しない。博士が言わんとする構成主義とは、ある事物や現象をその内容(特定の唯一の、または、限定された複数の構成要素)や必然性(特定の原因に強い因果性を求める)というような確固たるものに帰属させるのではなく、ある事物や現象を、複数の構成要素や確立性(複数の原因による相互作用の帰結)という不確定、かつ、動態的なものに帰属させるという考え方である。

   ジョージ・ケリーの主張を博士が言い換えた「経験というのは何か出来事が起こった際に、その近くにいることではなく、いかにその出来事を理解するかということである(Experience is not a function of being in the vicinity of events when they occur; rather it is a function of how one construes the events.)」との一節は印象深く心に残る。例えば、アメリカ人は単にフランスにいることでフランス人の経験を共有できるものではない。フランス人の視点で周囲の出来事を理解する必要がある。量子論的観点から言えば、我々は、観察を通じて、あらゆる可能性(probability)を特定の状態に収束させている。 そして、それは決して自分ひとりによる作業ではなく、周囲の人たちとの共同作業であり(We are engaging in co-ontogenesis, and co-constructing)、その意味でわたしたちは、彼らとの相互作用(interaction)により、常に現実(reality)を更新(構築)し続けている。

   セミナーの後半では、最初に提示された2つの問いに答えるべく、構成主義の立場からDMISの概念について詳細な検討が展開された。まず、知識、態度、スキルは、異文化間能力(intercultural competence)の発達に必須の3要素と長年理解されてきたが、博士はこれに異を唱えている。なぜなら、これらは実証主義的パラダイムに基づくものであり、他者との経験の共有や異文化体験は、むしろ、知覚的経験(perceptual experience)と深い関わりがあるからである。DMISは長年適応モデルとして理解されてきたが、博士によれば、実のところ、これは経験モデルであり、心の心理学的理論とも呼べるものであるという。つまり、自民族・自文化中心主義的な限られた経験を乗り越え、別の実行可能な経験(alternative experience)により、意識的に世界観を構築することを目指した知覚の発展に焦点をあてたものである。

否定(denial)、防御(defense)、最小化(minimization)[以上、自民族・自文化中心主義]、受容(acceptance)、適応(adaptation)、統合(integration)[以上、文化相対主義]の各ステージの移行の際の橋渡し的役割として、reconciliation(和解)という概念が紹介された。これは、いわば、いわゆる二分法(dichotomy)的見方を弁証法(対話)(dialectic)により緩和させる方法である(各ステージの移行に必要な考え方については紙幅の関係上、割愛させていただく)。

   最後に、長年、異文化コミュニケーション教育に携わってきた身として、知識、態度、スキルは異文化間能力の醸成には寄与しないとの博士の指摘は、ややショッキングなものであったものの、ここで重要となるのは異文化に実際に身を置き、そこで何が起こっているかを観察し、相手文化の習慣的行動を単にトライアウトするのではなく、相手に共感することで、真の意味で経験を共有する努力を怠らないことだと思う。無論、これは非常に難しいことではある。相対主義的視点では、相手との間に境界を作ってしまい、相手と経験を共有できない。そのためにreconciliationを実践することで、相手の経験に少しでも近づくことが可能になる。そして、実行可能な多数の選択肢の中で、自分が選択したものに責任をもってコミットすることが重要となる。また、自分の授業で文化相対主義の重要性を学生たちに話す際、”Anything goes”と誤って理解されることを防ぐべく、そこには必ず倫理というものが存在すべきことを説いてきたが、博士が指摘されたcontextual relativism(状況的相対主義)の考え方は非常に腑に落ちるものであった。互いの倫理的立場を認めるのみならず、対話によるインターアクションを通じて、共に現実を構築していくという視点は、現在、政治、ビジネス、教育といった様々な分野において現在進行形で起こるめまぐるしい変化に適切に対応していくために、今後益々、重視視されよう。30年を経た今も、変わらぬ先生のエネルギッシュな講演に感銘を受けたとともに、90分間に渡って上演されたベネット劇場に一聴衆として参加できたことに心より感謝したい。DMISの量子論的観測法を完成されたあかつきには、再び、この日本でベネット劇場が上演されることを心待ちにしている。

 

注:

*1 co-ontogenicの直訳は「個体発生的」であるが、構成主義的観点からは「共同発生的」がより適切であると思われる。

*2 セミナーの鍵概念であるco-ontogenicについて、筆者なりに調べたところ、これは生物学の用語であり、個体発生=生物が受精(受粉)によって発生を開始して成体になり、老化して死ぬまでの過程を指す。社会的観点に主流を置く構成主義理論家とは立場を異にする神経生物学的観点に立つ構成主義者により使われるとされ、ここでは知覚器官(perceptual apparatus)と関連していると考えられる。

ミルトン・ベネット先生と中川典子先生

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